HOME > 天災の責任をだれかに問うのは正しい...

天災の責任をだれかに問うのは正しいのでしょうか?

地震、津波、落雷、台風

といった天災による被害はいつ、どこで発生するのかわかりません。

予想しやすい台風といえども、突風で動いたドアで指に大けがすることがあるでしょうし

雨が降っていないグランドで突然の落雷でショック死することだってあるでしょう。

 

こういった事が例えば「ドアを管理するデパートのドア」や「草野球などができる市民公園」で発生したと仮定すると

デパートや市に責任を問うことができるでしょうか?

 

ドアが突然しまったのは突風であり、頭上に落ちたのは雷といった天災です。

 

この記事を書いているきっかけは「津波の危険から逃げなかった自動車学校側の責任を問うた裁判で、遺族側が勝訴」というニュースで知ったからなのですが

 

遺族の方には申し訳ないですが

「身の危険が迫っている」というのが理解できる10代以上の人間なら、自分の判断で「学校から逃げる」ということができたのではないかと思えるので、”全責任”を自動車学校に問うのは変だと思うのです。

先生にしろ上司にしろ「ここにいろ」と言われても、自分の判断で「それはまずい」と思ったのなら逃げるべきで、小学生や幼稚園児ならまだしもある程度の年齢なら

身の危険を察知できるか、できないかは「個人の問題」でもあると私は思えるので、「莫大な額を相手に請求するのはおかしい」と言いたいのです。

 

結局、弁護士の数が多くなり、昔なら「勝てる見込みがない」と言われて断られていたような判例でも、断らない弁護士が増えたことで訴訟を起こしやすくなったというのも原因だと思います。

 

ただ、ご子息を亡くされたご遺族の感情を考えると「誰かに責任を問いたい」という気持ちは理解できます。

しかし、津波で不条理に亡くなった方々は大変多くおられます。

責任を問うことすらできないご遺族もたくさんおられることは知っておいて頂きたいとも思います。

[ 未分類 の記事 ]へもどる

amazonで天災と検索した結果
*該当しない場合があります